はじめに
ニフティ アドベントカレンダー トップバッターの西野です。エンジニアブログではほぼ毎回スクラムの記事を書いています。アドカレの枠をとりにいった11月は「12/1、間に合いそう!」と思っているのに当日になって書いています。あわてんぼうのサンタクロースの前倒し精神を見習いたいです。
この記事では、AIを活用し「質の高いレトロスペクティブ」の準備を30分以内に終わらせるコツ、レトロスペクティブ中のアイデア発散と収束にどうAIを役立てるかという内容を、実際に自分たちのチームで活用している具体的なプロンプト付きで紹介しています。ぜひ拡散してください。
スクラムでどうAI活用するか
開発者にもプロダクトオーナーにもAIのビッグウェーブが来て早数年。
スクラムマスターとしてAIが使える領域がないかいくつか試してみたのですが、
- ファシリテーション:特にアイデアの収束
- チーム分析:特に会話ログに基づく感情・行動分析
この2点についてAI活用が効果的だと思うので、AI活用が向いている領域と具体的な使い方を紹介します。
スクラムでAI活用ができる領域
AI活用により実行時間が短縮できること
- アクションの作成
- ブレスト内容からPBIの受け入れ基準を作成する
- ミーティングの最後に実行可能なアクションアイテムを生成する
- 課題の発見
- ミーティングの会話内容、ベロシティといったデータに基づくチーム課題の発見
- 自分が知らないやり方の選択
- レトロの手法、ミーティングの手法など
AIじゃないと難しいこと
- 会話における客観的な感情分析
- 分析結果が正しいかどうかは別なので判断は人間がする
- 膨大な分析
- 1スプリント〜半年間の、トランスクリプト(Google Meetなどの文字起こしによる会話ログ)を分析
- トランスクリプトの会話内容とベロシティの関係性
一番効果的だった使い方:レトロスペクティブ
チームでやってみて一番効果的だったスクラムにおけるAI活用は、レトロスペクティブでした。
自分はスクラムマスターとしてレトロスペクティブの手法を学んで実施していますが、そのぶんレトロの準備やファシリテートが属人化しやすく、他のメンバーでファシリを回す場合でもサポートとして入るケースが多い状態でした。
しかし、AIを活用することでレトロスペクティブの質を維持してファシリをローテさせることが可能となり、レトロスペクティブの内容にもなりますが準備時間もおおむね30分程度と大きく短縮できています。
データの仕込み方
Google CalendarのMeetを想定した方法となります。Zoomなどほかミーティングツールでも大きく方針は変わらないと思いますが、オンラインを介さずリアルの場でミーティングをする場合は文字起こしを忘れないようにする必要があります。
ここではGoogle MeetやGeminiを軸とした使い方を紹介しますが、ほかのツールでもおおまかな流れは変わりません。

- 可能な限りスクラムイベント(ミーティング)をGoogle Meetで開催する
- Google CalendarのMeet設定で、「会議を文字起こし」をデフォルトONにしておく。繰り返し予定に対して反映するとGOOD。
レトロスペクティブのテーマ

Google Driveの「Meet Recordings」の「Geminiに相談」にプロンプトを投げる
レトロスペクティブのテーマを決めるためのプロンプト例
- シンプルなテーマ提案
- 過去1週間(※スプリントの長さに合わせる)の会話を分析して、レトロスペクティブのテーマとして最適なものを5つ提案してください
- 長所と課題分析
- 過去1週間の会話を分析して、チームの長所と課題を指摘してください
- 出来事を振り返る
- 過去1週間の会話を分析して、主要な出来事を挙げてください。具体的には、成功した点(Keep)、課題となった点(Stop/Improve)、そして議論の中で繰り返し現れた重要なキーワードやトピックを含めてください
- 頻発する課題の特定
- 過去1週間の会話を分析して、同じ問題が繰り返し議論されていた箇所を特定してください。
- 議論傾向の特定
- 過去1週間の会話を分析して、「プロセス・ツール」と「人間関係・コミュニケーション」の2つに分類し、どちらの課題の議論に最も時間が割かれていたか、その比率を示してください。そこから、より深い議論が必要な課題を5つ提案してください
- 感情分析
- 過去1週間の会話を分析して、チームの感情分析をしてください。そこから見つかったレトロスペクティブのテーマとして最適なものを5つ提案してください
トランスクリプト(会話ログ)だけだと的外れな分析を返してくることも多いため、しっくりくるテーマになるかはファシリテーターが事前にトライアンドエラーしておきます。
AIを使ったレトロスペクティブの準備ではここが一番大変です。
レトロスペクティブの手法を決める
チームの課題が絞り込めたら、その課題を解決するための方法を尋ねます。
レトロスペクティブに関する情報はそこまで多くないのか、目新しい振り返り手法の提案は基本的に出てこないように思います。
一方で、チームメンバーが「トラブルの振り返りで、変わったレトロスペクティブのやり方を提案してほしい」とAIに頼んで「過去の自分に宛てて手紙を書くなら、いつ、どんな内容にするか」という今までのレトロで採用したことがないアイデアが出てきて、新鮮なレトロスペクティブを開催することもできました。マンネリ化したテーマの場合は振り返り手法をゼロからAIに考えさせてみるのもいいかもしれません。
レトロスペクティブの手法を決めるためのプロンプト例
- シンプルな振り返り手法の提案
- 「複雑なタスクの見通しと計画」についてレトロスペクティブを行いたいと思います。どんなレトロスペクティブの手法を提案し、その理由を説明してください
- 感情にフォーカスした振り返り手法の提案
- チームの心理的安全性を高めるのに役立つレトロスペクティブの手法(例:Mad Sad Glad、Sailboatなど)を提案し、その理由を説明してください
- 真因をさぐるための振り返り手法の提案
- 「障害がなぜ再発するか」については、根本原因の特定が必要であることを示唆します。根本原因の深掘りに適したレトロスペクティブの手法(例:5つのWhy、フィッシュボーン図など)を提案し、その理由を説明してください
- 新鮮な振り返り手法の提案
- 従来のレトロスペクティブの手法にとらわれない、ユニークで感情的な要素を含むレトロスペクティブの手法を3つ提案してください
レトロスペクティブを組み立てる
ここまでで、チームの課題とその課題の検討方法が決まりました。あとは時間配分を決めます。
AIの活用はレトロの準備だけでなく、アクションアイテムの絞り込みにも使うので、以下のようなプロンプトがおすすめです。
レトロスペクティブの組み立てをするプロンプト例
- AIを活用したレトロスペクティブの時間配分とコツ
- 「障害がなぜ再発するか」というテーマで、5つのWhyを用いてレトロスペクティブを行います。時間配分をふくめて、1時間のスクラムイベントの組み立てをしてください。最初にアイスブレイクを入れてください。アクションプランの絞り込みは、出た意見に基づいてGeminiで行います。このレトロスペクティブのファシリテーションをするときのコツも添えてください。
レトロスペクティブを実施する
あとは、決めた時間に沿って進行し、現状把握やアイデア出しを行います。
アイデアを出すフェーズは、おおまかに発散フェーズ(たくさんアイデアを出すフェーズ)と収束フェーズ(アイデアからアクションを絞り込むフェーズ)に分かれます。
AIを活用したアイデアの発散と収束
AIはあくまでミーティング中の会話しか知らないため、発散フェーズは「ミーティング以外の場で起きたことを知っている人」=スクラムチーム本人に任せることをお勧めします。
収束フェーズはAIが得意とするところです。出たアイデアから意見をまとめたり、絞り込ませてスクラムチームがピンとくるアクションを出せるかを高速に試すことができます。
レトロスペクティブ中に出たアイデアの収束をするプロンプト例
- (ホワイトボードのキャプチャや、アイデアリストなどのテキストデータをAIに伝えたうえで)出た意見をもとに、1週間(※スプリントの長さに合わせる)実行可能なアクションアイテムを5つ挙げてください
改善アクションの決定
このプロンプトで出たいくつかのアクションアイテムを選ぶ方法は、話し合いでもいいですし、良いアイデアが多くて意見が割れるようであればドット投票などの投票でもかまいません。
次のスプリントで実施するアクションアイテムを選んでAIを使ったレトロスペクティブの完了です。
最後に
レトロスペクティブで大切なことは「チームが主体となって」スプリントを振り返ることです。より大量かつ詳細にチームのデータが取れるようになったときには、AIを活用するなかで意見を出すフェーズはAIに行わせて、収束するフェーズをあえて人間がやるという方向性もあると思います。
肝心なのは「レトロスペクティブの全てをAIに任せきりにしない」ことです。
今の時点のAIでは、チームに関する情報の全てを拾いきることはできません。たとえばAIは朝のチーム内の雑談も、隣の席同士で会話のなかで相談した設計の話も、机の散らかり具合も、チームの中に漂う空気感というのも正確にはわかりません。
スクラムチームについて一番詳しいのがスクラムチーム自身なのは、当面は変わらないと思います。
ここまでAIを活用する話を書いていますが、この記事を書くことそのものにはほとんどAIは使っていません。(プロンプトのアイデアや校正にはAIを活用しています)
これは、ブログ記事でアウトプットすることで自分の考えを整理することを目的としているからです。スクラムマスターは、要所要所でAIを使うことがチームが目指す目的に沿っているのかも確認する目線があるといいと思います。
次回(自分の掲載が1日遅れなので今日ですが……)のアドベントカレンダーは西根さんによる「SAA持ちエンジニアがAI活用と問題演習でAWS SysOps (SOA-C03) に3週間で合格した勉強法」です。お楽しみに!


